閉鎖されたコミュニティーが判断を狂わす。さあ、自由を手に入れよう

日大アメフト部の悪質な違反プレーに関する報道が過熱しています。

学生である選手が一人記者会見するという異常事態になっても、指導者たちは故意に怪我をさせるような指導は無かったと言い張り、認識の齟齬が問題の本質だと主張しています。

一体指導者たちは何を守りたいんでしょうか?

監督、選手という関係性、ましてや学生という弱い立場の人に対して、日常的に高圧的な指導があったことで、選手がおかしい、間違っていると思ったことに対して意見を伝える機会を作れなかった。そこが問題の本質だと思います。

仕事では指導する側にいますので、マネージメントしている側の苦労はわかります。

結局、何を言っても批判される。笑

例えば、一国の首相ともなるといちいち支持率を出されて批判の目に晒されます。

誰にとっても満足のいく施策なんてこの世にありません。

それでも、マネージャー側に立つ人間は、未来を見据え、進めていく過程で不満や批判にさらされてもやり切らなければならない。

そう考えると指示を受け入れる側よりも指示を出す側の方が難しいし、責任重大です。

だからこそ指導する側は、その地位に安穏とするのではなく、学び続けないと駄目なんだと思います。

同じことを見聞きしても受け取り側は千差万別。

「そう読み解くか」ということは日常的に起こります。

ただ、今回の悪質な危険プレーのように、本来禁止で普通の思考では思いつかない、あってはならないことが実行されるというという状況は、日常的にそのような指導があったと考えて間違いないでしょう。

もし、それがハッパを掛けるためだとしてもそんなことは選手には伝わりません。

日本代表候補にまでなっている該当選手が自らの判断でラフプレーをするとは思えず、精神的なプレシャーにより適切な判断ができなくなったと考えて良いでしょう。

答えは当人たちにしか分かりませんが、指導者は人を動かせる立場にいることを理解し、正しい方向に正しいやり方で導けるように自己研鑽を重ねる必要があります。

スポーツの場合、フェアプレーで勝つこと、そして戦った相手をリスペクトすること、これをゴールとした指導があるべきです。

閉鎖的なコミュニティーは、どうしても独裁者とそれに従う者という構図ができてしまい問題が繰り返されます。

学生なので逃げ場が無いと思いますが、社会人であれば選択の自由は誰でも持っています。

家庭や住宅ローンなど、縛られる材料は多々ありますが、間違ったことを強要された場合に抜けられる環境の整備を進めることは誰もがやっておいて損はないと思います。

間違ったことを受け入れる方が悪いという意見もありますが、家族がいて、住宅ローンがあったらブラック企業から抜ける方が無責任ですよね。

私の最終的なゴールは、お金と時間から開放されることです。

そのためには稼ぐしかありません。

今は、個人で価値を想像し稼げるよい時代です。

自分の居場所を自由に選べるように大きな課題に全力で立ち向かいたいます!

今いる組織のメンバーが持っている力を発揮できるように読みかけになっているドラッカーの「マネジメント」を読んで少しでもまともな指導ができるように自己研鑽します。